推し、バズる

推しがバズった。深夜番組の街頭インタビューに答えたらしい。放送中眠りについていた私がそれを知ったのは朝のこと。寝ぼけ半分で見ていたSNSがやけに騒がしい。トレンドには推しの名前、タイムラインはインタビューに答える推しの画像や動画で埋め尽くされていて、夢が現実かわからなくなっていた。


アイドルが街頭インタビューで番組に出演するのは前代未聞である。業界一肖像権に厳しい大手アイドル事務所に所属する彼は勝手な行動をして怒られていないだろうか、ルール違反で干されるのではないか、あまりの反響に恐縮しているのではないかと心配する私をよそに、推しはまもなく#番組名とともに自作の自己紹介動画をSNSに投稿し、さらなる起爆を試みていた。


矢花黎。キレイな名前だと思った。黎明の黎、ミレニアムベビーの彼にはぴったりの名前だ。初めて知ったのは約3年前、欠員が出たグループに途中加入したのが彼だった。それからなんとなく気になる存在になった。


思えば彼の奇行は街頭インタビューに始まったことではない。バンドパフォーマンスが売りのグループで彼はライブ中に演奏していたギターを放り投げてステージで暴れ回り、ドラムスティックを奪ってシンバルを叩いた。曲終わりにデスボイスを発し力尽きたように倒れ込む。時には客席に向けて中指を立てる。舞台裏の様子を映した動画では昼食をとると見せかけて割り箸を食べ、周りを驚かせる。「矢花くんってやばい子だよね」「矢花やばい」「矢花のやばはやばいのやば」「やばやば矢花」とまで言われるようになった。


彼のやばいは”優等”の意味で使われることもあった。音楽大学に進学した彼は持っている専門知識や才能を惜しみなく共有する。ギター、ベース、ドラム全てを自分で演奏した映像を公開したり、自作のDTMを発表したり。音楽理論までファンに提供してくれる。投稿する動画の編集も自分で全て行い、人気YouTuberのようにテロップや効果音を巧みに使いこなす。


彼のエキセントリックさにアイドルをやめて独立するのではと心配するファンもいたが、真摯に仕事と向き合う姿に、彼のやばさはアイドルとして大成するための伏線なのではないかと思わせる。

メンバーにサプライズで誕生日を祝われ感動のあまり涙を流す彼はただのやばい人ではなく繊細で心優しい人間であることを物語っていた。


決して事務所に推されているグループではない。露出も特別多いわけでもければグッズも多く展開されているわけでもない。それでも世間の認知度を高めて人気を得たい、売れたいという目標を達成するための彼の試行錯誤が私の心を刺激する。